釣づれエッセイ
つれづれなるままに日暮らし海に向かいて釣り糸を垂れる…
と、こうありたいものだが、とてもそのような心のゆとりなど無い。
あーしたらどうか、こうしたらどうか、釣れないのは浮き下が浅すぎるからでは、ひょっとして餌がもう喰われて針に付いていないのでは…いろいろな疑問が脳裏をよぎる。釣りを始めて20年ほどになるが、まだまだゆったりと太公望みたいな釣りはできない。
 水墨画には舟に乗り、釣り糸を垂れている仙人みたいな人物がよく描かれている。その情景たるやまことにゆったりとしていて心静かなイメージであり、釣り糸を垂れながらも魚以外のことを思考している、といった風である。我々凡人は違う。とてものんびりと釣り以外の事など考える心の余裕などない。

釣りは先ず場所とりである。釣り場によって釣れるポイントが違う。だから、到着するや否や何気ない素振りをしながら、皆一様に足早に目的の場所を目指して急ぐ。つい駆け足になったりして何となく大人気なく、気恥ずかしくなる。場所の次は第1投目を誰よりも早くポイントに投げ込むこと。はやる気持ちを抑えつつ、とにもかくにも投げ込んでしまえば気も落ち着きやっとゆっくりと煙草が吸える。煙草はもう止めてしまったので,ビールやお酒がその代わりとなる。
私の釣りの会は,釣々発止倶楽部。丁々発止と魚ちゃんや仲間とやり合う集まり。発足当初は何処の誰でも同じだと思うが、熱にうなされたように没頭した。定番の金沢港は勿論のこと、加賀から能登、はては佐渡まで渡ったものである。今は年1回,大納竿会といって仲間全員で能登の珠洲にある百楽荘という旅館で忘年会をかねた釣り大会を開くだけになっている。しかしこれが誠にもって楽しい。宇出津から内浦一帯にかけての釣り大会、夜はその表彰式と大宴会。大いに食べ、大いに飲んだ仕上げは「岬めぐり」の大合唱でお開きとなる。
この倶楽部には釣りキチと言われる人もいるが、大体において天気が悪くなるとすぐ止めたいと弱音をはいたり、夜釣りを嫌がったり、宴会だけ参加したり…といった人がほとんど。釣りより宴会が好き!と言ってしまえばお終いだがとにかくワイワイガヤガヤと仲がよい。

 百楽荘のある場所は日本百景のひとつに数えられる能登九十九湾にある。九十九曲がりといわれるように到る所海が陸地に入りこんでおり、天然の漁港になっている。入り江を見下ろす高台にあるこの旅館には釣り客がよく泊まりに来る。エレベーターで地下5階に降りると,海辺に出る。岸には筏の桟橋が組んであり、そこで釣るわけである。
筏で団子を付けてそのまま落とせば黒鯛が、サビキ仕掛けでアジやサヨリ、そして投げ竿を使えば、カレイやキスが釣れる。まさに五目釣りが楽しめ,釣りバカはじめ、女性、ファミリーまでもが満足できる最高の釣り場である。旅館の敷地内であるため,何よりもトイレの心配をしなくていいのが女性にとっては嬉しい。寒くて止めたくなれば風呂に入ればいい。私のような多少いい加減な釣り人にとって日がな一日楽しめる場所である。

釣行の前夜,ウィスキー片手に始まった準備から、日の出る前に出発し、はやる心を抑えつつ目指すポイントに一投目を投げ込み、一匹二匹と釣れだしてやっと落ち着きを取り戻すのがお昼頃。ビールやお酒も入り、弁当を食べ終えお腹も満ちてくるとウトウトが始まる。事ここに到ってやっと釣れづれなるまま…の世界に入っていけるのである。

高台にある百楽荘。
地下5階に降りると乙姫荘という
炉端焼きの別荘があり、釣り桟橋はその横にある。
蓬莱島を中心に遊覧船が巡るコースになっている。

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